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カテゴリ:講座のこと
  • 学生たちと
    [ 2005-09-09 06:17 ]
  • 優位に立って使わない
    [ 2005-08-26 12:12 ]
  • 葛藤を引き受けること
    [ 2005-08-02 06:14 ]
  • 偶然バッタリ出会いました
    [ 2005-07-11 18:03 ]
  • がんばれ、女性たち
    [ 2005-07-04 07:41 ]
  • 神戸で
    [ 2005-05-15 07:28 ]
  • 新年度になりました
    [ 2005-04-02 21:14 ]
  • 今日から始まる
    [ 2005-03-14 06:27 ]
  • 自分のコアになるもの
    [ 2005-02-14 15:29 ]
  • 同級生の君へ
    [ 2005-02-04 08:51 ]
学生たちと
またご無沙汰していました。9月に入って、なんだかものすごく忙しく飛び回っています。

先週の病院での2日間研修に始まり、週末は「トレーナー養成準備講座」が立て続けに2週間、その間も2つの大学で講義を担当していました。来週は大分と大阪に行く予定です。

丸一日講義や研修を担当すると、私自身はエネルギーを使い果たしてぐったりします。特に私は朝が早く夕方以降は完全に電気が切れてしまうため、事務所に寄ることもできずにまっすぐ家に直行、そして自宅でメールをチェックするという日々でした。

そんな中、この4日間は、都内のある大学で集中講義を担当しました。
学生たち20数名ずつ、始めは「何をやらされるんだろう」と半信半疑だったのが、徐々に友達同士仲良くなり、最後には、「○○ちゃん、大好き!」と言ってお互いにほめあって大笑いするほど盛り上がりました。

ボランティア先の職員さんとかバイトの先輩や部活の先輩とも、しっかりと自分の思っていることを伝えるために、たくさんの時間をかけてロールプレイで練習しました。それがとても新鮮な体験だったらしく、最後は目をキラキラさせてしっかりと自分の意見を伝えてくれるようになりました。

ちょっと複雑だったのは、「私が大学に入った頃」と言いかけて、ありゃ、それは君たちが生まれた頃だったね、と、自分の年齢にちょっとびっくりしたことです。

私自身、大学1年生は世界の何もかもを吸収したくて、うずうずして張り切っていたのを覚えています。先生の人生の話が面白くて、出会いが面白くて、ボランティアも部活もバイトも、何もかも120%一生懸命やっていました。忙しくて眠る暇もないという学生たちを見て、そういえばと自分の学生時代をふと思い出し、世界に対する新鮮なまなざしは変わらないのだと、ちょっぴり嬉しくなりました。

純粋に自分と向き合い、一生懸命相手に伝えようと努力する彼らに、とっても感動した4日間でした。
by assertivejapan | 2005-09-09 06:17 | 講座のこと
優位に立って使わない
アサーティブネスの定義の中に、「相手の権利を侵害しない限りにおいて、自分の権利を主張する」というものがあります。

「相手の権利を侵害しないで」ということは、一体どういうことなのだろうと、長い間考えていました。
アン・ディクソンの著書、『Woman at Work(邦題:『大事なことを思い通りに伝える会話術』角川書店)』には、

「他人を批判するには、相手が自分と対等だという感覚が必要だ」、と書かれてあります。

アサーティブに相手と向き合うということは、自分が相手に対して「優位に立つ」ことでは決してありません。相手をやっつけるのでも、自分の正しさを証明することでも、はたまた自分に相手を「正す」「資格」があると思い込むことでもないのです。

相手に対して、こんな言い訳をしてはいませんか。
次のような言い訳で、自分が黙っていることを選択していたとしたら、自分は相手と対等になっていないのだと、気づいて下さい。

「こんなことを言うと相手が怒るかも」
「上司にこんなこと言えない」
「私が間違っているかも」
「どうせ聞いてもらえないんだから、言ってもムダ」
これは、相手が優位に立っていることです。

反対に、
「あの人もどうしようもなかったのよ」
「誰だって完璧じゃないし」
「あの人はまだ若い/もう高齢/障害を持っているから」
「こんなことを言うと相手が傷つくかも」
これは、相手に対して自分が優位に立っていることです。

こんな風に考えてみると、実は「対等でない」ことは本当にたくさんあるということが見えてきます。

自分が相手に対してすでに優位に立っているとすれば(例:上司と部下、大人と子ども、男と女など)、その事実をしっかりと認識した上で、相手と対等になろうと努力してみること。
相手に対して優位に立つために、アサーティブネスを使わないということ。

それは大変重要であると同時に、自分自身に常に問いかける必要があるとつくづく感じています。
by assertivejapan | 2005-08-26 12:12 | 講座のこと
葛藤を引き受けること
先週末から準備講座の第3期が始まりました。今回も全国各地から21名の方が集まってくださり、暑い夏の2日間で、文字通り“熱い”議論をすることができました。

特に今回は「アサーティブネスと私たちの権利」というテーマで、それぞれの方が、これまでの人生の生き様をそのまま言葉にしてくださり、聞いている私もスタッフも本当に感動しました。これぞ「アサーティブネス上級編」。話す内容も大変深く興味深いものばかりでした。

週末の講座でお話したことがありました。
それは、アサーティブな生き方とは何を指しているのかということです。

アサーティブネスということが、あたかも、ある種のゴール地点、あるいは「こうなりたいモデル像」のように理解されているようですが、私自身はそうではないだろうと考えているのです。

確かに以前は、そう思っていました。アサーティブであることこそが、私が目指すことであると。そうなることが、求められているのだと。

そうではないと思い始めたのは、やっぱりフィリピンでの体験からでしょうか。

つまり、アサーティブに生きることは「答え」ではないということです。様々な不平等や格差が存在している現在の社会において、アサーティブな関係というのはそれほどたやすく作ることはできません。世界に目を向けてみると、アサーティブな社会なんて、本当に遠い道のりのような気がします。

それでも、アサーティブな関係やフェアな社会を目指して、「葛藤」し続けること。アサーティブになりたくともなりきれない自分自身や、身の回りの関係の中で、あきらめず、絶望することなく、葛藤し続けること。アサーティブでない世界のありようを、静かに、希望を捨てないで見つめ続けること。

その“葛藤を引き受ける力”こそが、アサーティブなのではないでしょうか。

そんなことをしみじみ感じながら、大変感動的な2日間を過ごすことができました。
ありがとうございました。
by assertivejapan | 2005-08-02 06:14 | 講座のこと
偶然バッタリ出会いました
週末の日曜日は、一日、福岡の紹介講座の事務局スタッフとして参加してきました。

参加してくださった方々はそれほど多くはありませんでしたが、当日は、長崎県や大分県からからも来てくださいました。

講座自体も大変よかったのですが、私は個人的に、ものすごく久しぶりに会ったAさんの顔を見ることができたのが、心から嬉しいことでした。彼女は大病を患い、この2,3年ほど入退院をくり返していたのですが、金曜日に退院し日曜日の講座に駆けつけてくれたのです。

Aさんと出会ったのは、博多の「天神駅」という、東京でいえば「新宿駅」のど真ん中でした。
まさに、バッタリ。

まさかこんなところで知り合いに出会うなんて予想もしていなかったことと、私は地下鉄の入り口を見つけるために、あちこち眺めながらふらふらしていましたので、「あ、汐生さん・・・」というAさんの声に、はっと気づきました。

懐かしいAさんが、ニコニコと笑いながら立っていました。

いや、偶然というのは本当に不思議なものですね。広い天神駅の構内の、キオスク前のその空間で、まさか二人が出会うことになろうとは。

ということで、私は無事天神駅の地下鉄に乗ることができ、久しぶりのAさんとおしゃべりしながら会場まで到着したのでありました。その他にも、宮崎からのYちゃん、博多在住のKさんと、いいチームで講座を進めることができました。

短い時間でしたが、九州のあたたかい人の思いやりと優しさを、胸いっぱいに吸い込んで帰ることができた1日でした。
by assertivejapan | 2005-07-11 18:03 | 講座のこと
がんばれ、女性たち
週末は、女性と仕事の未来館でのアサーティブトレーニング講座を担当しました。1日目の講演には70名、1日目の午後から2日目までのトレーニングには30名という人数で、たくさんの、“がんばっている”女性たちに出会えたことが私にとっては大変嬉しいことでした。

先週も、週の半ばで国家公務員の女性管理職の人たちの研修を丸一日担当し、それもまたすばらしい体験となりました。私と同世代かそれ以上の女性管理職の方々が、それぞれに苦労をしながら、現場で一生懸命仕事をしてきた姿に、なんだか感動してしまいました。

最後の、自分をねぎらい、お互いをねぎらう場面では、思わず涙ぐむ人たちがたくさんいて、「ああ、それほどまでに日々がんばっていらしたのだなあ」と、私ももらい泣きしていました。

感想でこんな言葉をいただきました。

○もう少し肩の力を抜いて生きていこうと思います。
○自分をほめたり、人にほめられたりすることのすばらしさを知りましたので、明日からは他人に優しい気持ちになれそうです。
○コミュニケーションはHow toではなくその中身。相手に自分の思いを伝えることなのだとあらためて思いました。
○人前で泣くのは恥ずかしかったけどすっきりしました。「…人」を目指すのはやめて、一等賞の自分になろうと思いました。

一等賞の自分になる。自分がかけがえのない人間であることに、敬意を表する。そうした“自分を本当に大事にする”ところから、アサーティブな関係は広がっていくのだと思いました。

週末も先週も、この1週間は女性たちと関わることの多かった1週間でしたが、自分に誇りをもって堂々と生きていくことと、お互いを大事にしあうことの大切さを再度思い出した1週間でした。
by assertivejapan | 2005-07-04 07:41 | 講座のこと
神戸で
先週神戸に行きました。そこの研修担当者のTさんが、新神戸駅から車で送り迎えをしてくださいました。

「今年でちょうど震災10年ですから」。車を運転しながら、Tさんがふとお話を始めました。あの震災で、Tさんは大変な被害に遭われたそうです。ご両親の家の二階部分が落ち、つぶれた一階部分にTさんのご両親と妹さんが寝ていました。

「あの時思いましたよ。人間って、まんざらでもないんだなあと。家がつぶれて助け出すとき、ちょっと声をかけたら見知らぬ人たちが10人以上集まってくれました。それで、家を壊して救出することができたんです。

奇跡的に両親は生きていました。本当に、数10センチ外れていたら、助からなかったかもしれません。妹も一時は命が危ぶまれましたが、助かって今は元気に生活しています」

Tさんの話を聞きながら、ちょっと涙ぐんでしまった私。じっとTさんの話に耳を傾けることしかできませんでした。

「だからでしょうか。今生きていられることに感謝しています。よかったなあと。でも、亡くなった方のご家族は、今でも本当につらいと思いますよ」

最近地震が多いこともありますし、尼崎のJR脱線事故でも思いました。いつ、どこで何があるかわからない。もしかすると、今日事故で死んでしまうかもしれない、と。飛行機に乗るとき、新幹線に乗っているときも、「もしかして、これから事故に遭うかも」と、いつも考えながら乗っています。

明日死ぬかもしれないというのは、かなり誇張した考え方なのかもしれません。でも、だからこそ、今日を大切に生きたいと、心から思うようになりました。今日一日を本当に生きていてよかったと、愛する人たちと共に生きていられてよかったと、毎日祈るような気持ちで生きています。


ご遺族の皆様にお悔やみ申し上げるとともに、亡くなられた方々に心からご冥福をお祈りいたします。
by assertivejapan | 2005-05-15 07:28 | 講座のこと
新年度になりました
4月になりました。今日は4月2日。新年度になりましたね。

先週末は札幌へ、東京で月曜日に1日仕事をした後、今度は飛行機で岡山へ。そして今週末は大阪に来ています。なんだか、年度末のバタバタと共に、北から南へと走り回っていた1週間でした。

先週末の札幌は、土、日とも、吹雪の中を基礎講座に参加しました。福岡からインターンのHさんもわざわざ駆けつけてくれ、講座参加者に春の便りをプレゼント。

次の岡山では、私の実家に3日ほど帰っておりました。父の具合があまりよくないので、大阪での出張のついでに実家の両親の顔を見てきたのです。昨日は春の陽気に誘われて、後楽園を散歩いたしました。

実は、高校時代に行ってから、なんと20年ぶりの後楽園でした。その当時は「ま、こんなもの」としか感じなかった後楽園が、この年齢になると「これは美しい」と感激。さすが日本三大庭園の一つですね。広々とした日本庭園を、両親と一緒に満喫しました。

もうすぐ開きそうで、まだ開かない桜のつぼみと青空を見上げながら、ゆっくりと車椅子を押して歩きました。今年は春が遅いですね。桜はまだかまだかと、心待ちにしています。

そしてこの週末は、久しぶりに大阪の養成講座の修了生たちと研修をしています。相変わらず大阪の仲間たちは、面白いし、本音でバシバシものを言う。それが気持ちよくて、笑いまくった今日の1日でした。

明日大阪をたって、東京に戻ります。国立の桜は咲いているのでしょうか。
来週からアサーティブジャパンでも、新年度が始まります。
by assertivejapan | 2005-04-02 21:14 | 講座のこと
今日から始まる
春がまだか、まだかと待ち遠しい私です。昨日の日曜日は急に寒くなって、日中は雪が舞うのを都心のビルから眺めていました。春の足音は近づいたり遠のいたり。3月は冬と春とのせめぎあいです。

そんな春の嵐の中で、3月13日に第5期のトレーナー養成講座の3ヶ月にわたる認定研修が修了しました。

最終日の最後の最後までプレゼンテーションが続き、プレゼンテーションの内容や方法にとどまらず、アサーティブネスの実践者となるとはどういうことかを、毎回真剣に話し合った3ヶ月でした。

養成講座は、毎回参加する方々によって、グループのカラーも出てくる課題も、取り組むテーマも本当に違っていて、それぞれのグループが1年半をかけて、お互いからたくさんのことを学びます。

トレーナー養成講座は、実は年々厳しくなっています。要求されるレベルも毎回高くなるため、参加される方にとっても、なかなかハードな日々ではなかったかと思います。

それでも、本当にこの1年半でみなさんが驚くほど変わりました。「トレーナーになるぞ!」と言う意気込みが先走るのではなく、日々、日常の中でどのようにアサーティブネスのモデルとなるのか、日常や仕事の中でアサーティブネスのスキルを使い、そして自分の身の回りの関係をより誠実で率直、対等なものに作っていくのか。それを、日々の中で実践してきた方の変化には、目を見張るものがありました。

養成講座最終日の昨年10月は、涙、涙の修了式でしたが、認定研修の修了日の昨日は、これからどう生きるのか、何を大事にしていくのかという、これからの自分自身を考えながら、若干緊張した面持ちで終わりました。

そうです。
一つの区切りが終わったとしても、始まりはここから。
ここから始まるんですね。

養成講座の修了生の方々、本当にお疲れ様でした。
みなさんの今後のご活躍に、心からエールを送ります。
by assertivejapan | 2005-03-14 06:27 | 講座のこと
自分のコアになるもの
「自分が日本人であることに、誇りを持つことができるのでしょうか」
週末の認定研修での場面で、一人の参加者が話をしてくれました。北海道での、あるロシア人夫婦との出会いについての話です。

「私はソビエト時代のロシア人です」と、その夫婦は、居丈高になることもなく卑屈になることもなく、“誇りをもって”彼女に話をしたそうです。だから自分の国が好きだし、いい国にしたいというのです。
「彼らの誇りはどこから来るのか、ものすごく不思議な気がしました」と、彼女は続けます。「じゃあ、私に、日本人という誇りはあるのでしょうか」。

「自分は何者なのか」という問いは、特に自分の国以外の人に出会ったり、海外に行ったりすると、必ずといっていいほど突きつけられる問いですね。
私が生まれて初めて、「私って、誰?日本人の私って、一体何者なわけ?」と頭を抱えて悩んだのは、学生時代、デンマークのインターナショナルスクールに行った時でした。
2年前に、フィリピンという「途上国」に滞在したときも、そうでした。先進国の人間である自分や、「金持ち日本人」の一人としていつも見られることについて、いやになるほど痛感したのを覚えています。

「私は誰か」「私は何者なのか」という問い。
それは、自分で見つけるよりも、自分の外にある「違うもの」の鏡に映った自分の姿に気づいていく、というプロセスなのかもしれません。

そして、その問いに対する答えをどう伝えるのかということは、コミュニケーションの技術やスキルの問題ではなく、もっと身体の奥底に流れる、「誇り」や「自尊心」というコアから生まれてくるものではないでしょうか。

アサーティブネスは、私たちの自尊心から生まれてくるのではないか。そう、前述の彼女の言葉は私に響いてきたのでした。深く自分の存在を誇りに思い、大切に思う、そのコアとなるもの。それこそを、自分の言葉で語れるようになりたいものです。
by assertivejapan | 2005-02-14 15:29 | 講座のこと
同級生の君へ
昨夜は、某団体の定期総会で、記念講演を依頼されました。私に与えられた時間は、たったの1時間。100人を越える人たちを前に、1時間で「アサーティブネス体験講演」どうしよう・・・と、考えながら、硬い、かたーい式典が終わるのを待つ間、足の震えが止まりませんでした。

ちなみに、この団体の構成員は、ほぼ私と同級生の男性たちばかり。30代だというのに、どうしてこんなに「おじさん化」しているわけ?

彼らは、中小企業の跡取り息子たちです。表向きには「青年」なわけですが、こんな風に格式ばったセレモニーでは、私自身一体どう振舞っていいのかわからず、体はもうカチコチ。みなさん背広を着て、かしこまって、誰一人異議を唱えず、笑いもしないで前を向いて聞いていらっしゃるのですが、どうも私自身は場違いな気がしてたまりませんでした。

どうしたもんだろうかと考えて、壇上に上がり、例のドッカン、オロロで笑わせて、隣同士で自己紹介とコミュニケーションチェック。「相手の話に耳を傾ける」ということの意味を説明したあと、1人の男性に壇上に上がって話をしてもらいました。

「奥さんとのコミュニケーション、どうですか?」
「僕、奥さんの顔を見る時間に帰ることがないんです」(笑)
「奥さんをほめたことは?」
「一度もありません!!」(爆笑)

それにしても、男性たちの悲哀をつくづく感じた夜でした。彼ら自身はとってもいい人たちばかりなのに、こんな風に企業戦士は作られていくんですね。

言葉では美辞麗句が並びますが、なぜ、「まちづくり」と「家庭」がぷっつり途切れているのでしょう。ここはここ、あそこはあそこと、現実があたかも、切れ切れ断片のモザイク模様になっているみたいな彼らの状況。私と同級生でなかったら、こんな風にまで悲しく思うことはなかったかもしれません。

背広姿の同級生たちを見ながら、なんだかため息が出ました。
男はつらいよ。
そうなんでしょうね。本当にお疲れ様。
by assertivejapan | 2005-02-04 08:51 | 講座のこと